冤罪被害者 元和歌山市長 旅田卓宗さんを救う会






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協力:無実の死刑囚・元プロボクサー 袴田巌さんを救う会




収賄容疑について
吉永建設の当時の社長、木下吉隆氏は、別件に次ぐ別件で逮捕され、警察から深夜に及ぶ厳しい取り調べを受け、次のような供述をさせられた。「和田市議にお金を持って行ったら、『がんばったのは市長だから、市長に渡すべきだ。俺がアポを取ってやる。俺は市長からもらうから』と言って、和田市議は受け取らなかった。そこで、アポを取ってもらった12年8月3日に、和田市議と一緒に、市長室へ行き、旅田さんに、300万円渡した」

木下氏がお金を渡した相手は、旅田さんではなかったので、何度も否定はしたが、取り調べの過程で、会社の倒産の危機にまで追い込まれ、偽の自白をさせられたのである。刑事の中には、「女房を女郎屋へ売るようになってもええんか?」と言った脅し文句まで発した者がいたという。

旅田さんの秘書は、市長への面会者の名簿を克明に記録したフロッピーディスクを保存しており、そこには、お金を渡しに来たはずの日時に、木下氏の名前はなかった。面会に来ていない人から、どうやって、お金を受け取ることができたのか。

このフロッピーディスクの存在は、旅田さんがお金を受け取っていないと言う証拠になるはずだったが、それは、証拠とは認められなかった。

15年3月19日、第1回公判で、木下氏は、冒頭認否の際、自ら口頭で、裁判官に、「私は、旅田さんに1円も渡したことはない」と否認した。

刑事訴訟法で、公判中心主義が謳われているのに、裁判官は、「公判の証言は、当時、市議であった旅田被告の影響力を恐れて、否認したものであり、信用できない。したがって、取り調べ段階の供述が信用できる」と判断し、一審から、旅田さんは有罪にされた。

しかし、
ここで、問題なのは、第1回公判があった15年3月19日現在、旅田さんは、まだ市議ではなかったどころか、立候補すらしていなかったという点である。なので、公判の際、「当時、市議であった旅田被告の影響力を恐れて、否認」というのは、おかしい

こんな、小学生でもわかることが、なぜ、最高裁の判事に分からないのかが不思議である。

結局、警察や検察は、最初から、利権を排除しようとした旅田さんが、邪魔であったため、政界から抹殺することが目的で、木下氏を別件逮捕し、建設会社を倒産の危機におとしいれてまで、旅田さんにお金を渡したと、供述させたのである。

裁判官が、まともであったなら、その点を追求し、旅田さんに無罪判決を出すはずであるが、警察・検察・裁判所が一体であるから、有罪という判決になってしまったのだ。

木下氏も、旅田さんを葬り去るために利用された、警察や検察による被害者であると同時に、旅田さんを誤った供述で、刑務所に送ることになった加害者である。

木下氏は、他の人にお金を渡した可能性があり、刑事から、それが旅田さんだろうと、何度も責め立てられ、そう認めてしまった可能性があるそうだ。そして、そのお金を渡した相手が恩人であるために、名前を出さずにいるのかもしれないという。そのせいで、罪のない旅田さんが、刑務所に送られたのであるから、たまったものじゃない。木下氏に良心があるなら、相手の名前を明らかにして、旅田さんの無実を証明してほしいところである。



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